統括セッション オープニング・セミナー
2022-07-23
ごあいさつ
現在世界中で起こっていることを、私たちはどのように考えたらいいのでしょうか。新型コロナウィルス感染の世界的拡大とロシアとウクライナの戦争という大きく、痛ましい出来事は、私たちの日々の生活を根本的に変えてしまうものでした。そしてそれは今も終息を迎えているとは言いがたいものです。ウィルス感染も世界を巻き添えにする戦争も、私たちは歴史から学んで来たはずなのに、どうしてまた同じことを繰り返すのでしょうか。無力感に苛まれるのですが、それでも日々の暮らしはやってくるし、悲観的にばかりなっている訳にも参りません。
世界がこんなにも激しく変容を遂げている今、アートは何を行えばいいのか、アートにできることは何なのか、そもそも現代にアートは可能なのだろうか。少なくともそう問うことぐらいは、今の私たちにはできそうです。そのように考えて、私たち大阪大学人文学研究科と総合学術博物館が共同で、「中之島に鼬を放つ——大学博物館と共創するアート人材育成プログラム」を始めて行こうと思います。
「中之島に鼬を放つ」といういささか穿った題目を持つのこプログラムですが、いわゆる大阪市の中心部にある「中之島」だけでの展開を考えているわけではありません。確かに、昨年2021年は大阪大学が創設して90周年を迎える節目の年であり、その発祥の地である中之島にある「大阪大学中之島センター」を改修し、芸術に関する研究教育の拠点を組織しようとしています。このプログラムでは、その中之島で活発にアート人材の育成を行うことを目指していますが、「中之島」はあの中之島だけを指すのではなく、ここにも、あそこにも、また遠くヨーロッパの東側にも、あるいは私たちの心の中にもある、生まれ出ずる場所、こう言ってよければ、何か自分たちの拠り所となる場所、どうしても捨てることのできない場所のことでしょう。
鼬(いたち)とはよく知られている、あの神出鬼没にして、いささか好戦的、異臭を放って敵をひるませ、かと思えば逃げ足も速く、夜行性でもあって、都市農村の区別なく出没し、全国でも大阪はもっとも多くの鼬が潜むとの、まことしやかな噂も耳にします。そんな鼬は、しかしながら、この時代の私たちのアートを喩えるのにまたとない生き物のように思われます。私たち自身が鼬に身をやつし、鼬こそがアートだと一斉に街中に放擲し、また逆に鼬に翻弄されて、そんな鼬に我が身を預けていく。現代のアートとはまるで都市の鼬のようです。しかし、そうやって鼬とともにあることは、このグローバリゼーションの終わりの時代を誠実に生き抜いて行くための、一つの知恵の証のようにも感じられます。
この1年間、そんな鼬とともに、誰にでもある「中之島」で、どのような鼬を演じることができるのか、楽しみにしています。
大阪大学人文学研究科・大阪大学総合学術博物館 永田靖